大切な一枚

これだけたくさん写真を撮っていても「あっ、大切な一枚が撮れた」と思える瞬間は年に3度もない。
大切な写真、意味のある写真。
写真はどんなものだって大切な写真だし、自分にとって意味がなければそもそもシャッターを押さないだろう。
あまり考えずに撮った一枚が誰かにとってとても意味のある大切な一枚になり得ることもあれば、それが大切な一枚だと後々になって分かることや、自分だけにしか分からない写真だってある。
しかし、撮ったときに「間違いなく大切な一枚が撮れた」と確かな手応えというのを感じることは少ないのだ。


我が娘、シオナの関心はもうかなり長いことアートに集中している。
生まれてから11年の人生で、彼女が何ものにも代え難く、好きだ、夢中だ、と言えるものがアートなのだ。
機関車トーマス、恐竜、折り紙、カードトリック、写真、料理、世界中で発生する地震のチェック、いつも何かに夢中だが、その内容がコロコロと変わる兄のソーマとは大違い。笑
シオナの心をアートが独占しているのは、もちろん画家である母親の影響が大だろう。
家の中はいつでも絵の具やキャンバスだらけ。
一緒にでかけスケッチをし、真っ白なキャンバスに徐々に色が乗せられる過程を眺め、完成した絵がアートギャラリーに飾られ、何千ドルという金額で売れていく様子を日々見ているのだ、影響を受けて当然かもしれない。
(僕が写真を撮ることに関しては影響を受けるどころが、ウンザリしている子供たちだが、、、涙)
シオナの母親もやはり小さい頃からアート、アートの毎日だったらしい。
自分のたどった道を幼い娘が同じように歩む様を見るのは、母親にとってもたぶん嬉しいことだろう。


週末、いつものように子供たちを迎えに行くと、子供たちの母親は仕事の真っ最中だった。
個人のお客さんからギャラリーを通して注文を受けた絵を期日までに仕上げるため、手を休められないのだと、少し疲れた笑いを浮かべた。
彼女は自分のアトリエではなく、自宅のキッチンで絵を描くことが多い。
たぶん、そこが一番クリエイティブな気持ちになれる場所なのだろう。
キッチンなので仕事をしている彼女のまわりを当たり前に子供たちがウロチョロしている。
子供たちにとって母親の記憶は、台所でまな板の上の野菜を切り刻む包丁の音と共に、ではなく、キャンバスに筆を走らす音と匂いと共にあるはず。
母親が絵を描く様子を母親と同じ視線でシオナが後ろから静かに眺めている。
僕は慌ててカメラのスイッチを入れ、シャッターを切った。
この一枚を撮ったとき、これがシオナにも母親にも忘れ難い大切な一枚になるだろう、と確信した。
シオナが将来有名な画家になり、画集が出版されたときに必ず使われる一枚だ。(親ばか)
この手応えは、年に3回あるかないかのうちの貴重な1回。
毎回こんな手応えで写真が撮れればいいのだが、こればっかりは突然降ってくるものであって、狙って撮れるものでない。
大切なのは、たぶん、いつもカメラを持ち歩いているということだろう。
DSLRでもミラーレスでもなんだっていい。
カメラを常に持っていることだ。
















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昨日シオナからメールが来た。

hi dad this is my first you tube video

(ハイ ダディ、私の初めてのYouTube ビデオよ)

タイトルは「コティ・ザ・ドッグ」
彼らはラブラドゥードルのアプリコットをコティと呼んでいる。





















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by somashiona | 2012-09-26 18:46 | ソーマとシオナ

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