ソーマとシオナ Vol.1

僕は写真を撮る事が好きだが、それと同じくらい写真を見るのが好きだ。
どういう訳か大御所の先生と呼ばれる方々が撮った写真より、高校生がキャーキャー言いながら撮った写真、足腰の弱ったおばあちゃんが公園のベンチに座って撮った写真、初めての子どもを授かったママが飽きもせず毎日写す同じような写真の数々、、、こういう写真にハッとさせられる事が多い。

頭にこびり付いて離れない写真がある。
写真を学んでいた当時、僕はハリウッドに住んでいた。
当時ハリウッドは華やかどころか、映画スターを夢見て世界各国から集まった若者たちが、夢破れ、身を売り、ドラッグに手を出し、人を殺す、危険きわまりない場所だった。
一方、隠れた才能にあふれる街でもあった。
メチャクチャな生き方が許されるその街は他人の目を気にせず、自分の世界を追求するのにはもってこいの場所だったのだと思う。
1週間以上、誰とも口をきかず、暗室作業に没頭するなんていうことが、当時は度々あった。
僕の住んでいたアパートの男性住人の80%以上はゲイだった。
その中でも特に僕と仲の良かったMGは自称画家、ダンサー、俳優、そしてフォトグラファーだ。
ハリウッドでは好きなように自分を名乗れる。
僕がアクターだと言えば周りの人間はアクターとして付き合ってくれるだろう。
でも、誰も他人の事など信じてはいなかった。

ある日、彼はカメラのマニュアルを手にして深刻な顔で僕の部屋のドアの前に立っていた。
「マナブ、最近思うように写真が撮れないんだ。それでカメラの事をもう一度勉強しようと思ったのだけど、シャッタースピードとアパチャー(絞り)のコンビネーションって何の話し?」
彼は既に40歳過ぎ。
それでそんな質問をするものだから、僕は彼の写真を見たいなどとは思った事がなかった。
かつてチャップリンや売れる前のジョニー・デップが住んでいたといわれるそのアパートの地下にはストレージ(物置)として用意された広い空間がいくつもあり、その一つをMGは自分のフォトスタジオとして使っていた。
フォトスタジオといっても、壁は一面カビだらけで、薄暗く、水の滴る音がつねにどこからか聞こえるような場所だ。
工事用に使うハロゲンライトが無数に置かれた(彼はストロボの使い方など知らず、値段も安く、目で光を確認できるハロゲンライトを好んでいた)その空間は友人の僕でさえ、二人きりになると身の危険を感じてしまう独特の空気が漂っていた。
彼の情熱は、毎晩ストリートにくり出し、若い男をハントし、このスタジオに連れ込み、自慰させ、射精の瞬間をフィルムに収める事だった。

シャッタースピードとアパチャーの関係を説明する際、彼は自分のポートフォリオを持ってきた。
ポートフォリオといっても、カラープリントされた8x10サイズの写真が無造作にファイルされたもので、その厚さは高価な百科事典ほどあった。
どんな内容なのか事前に知らせれていたので、イヤだなぁ、と思いながらそのフォリオを開くと、目が釘付けになった。
そこには、美、エロス、情熱、陶酔、愛、衝撃、全てがあった。
若い男の身体を心から愛する彼でなければ見えない視線が、たしかにあった。

僕は何が本当に好きなんだろう?
何を心から見たいと思っているんだろう?
彼の写真を見て以来、その事をつねに考えるようになった。

写真を学んでいる学生さんから写真を見て欲しいと言われる事が時々ある。
人の写真に意見するような立場ではないのだけど、なにせ、写真を見るのが好きなので、いつも喜んで彼らの作品を見せてもらう。
僕が彼らの作品を見る前に、無意識に期待しているのは、彼らにしか見えないものだ。
フィルターやフィルムのテストシューティングのような写真や、「道」みたいなタイトルのモノクロの重たい写真だったりすると、少しだけガッカリしてしまう。
例えば「道」のような写真を撮った19歳の少年がいたとして、彼が今一番夢中なのは付き合ったばかりの彼女だということが分かれば、僕は彼がその彼女を撮りまくった写真を見たいと思うだろう。
見る前から、面白い写真だと断言できてしまう。
僕は写真にそういうものを期待してしまう。
誰かの目を通して、その人が味わった感動、喜び、悲しみを疑似体験したいのだ。

さて、こんなに長々と前置きをしたのには訳がある。
今日の写真は僕のブログをみて頂いている皆さんをガッカリさせてしまうと思うからだ。
でも、早い段階で打ち明けておきたい。
僕がこのブログをはじめた理由は、タスマニアで成長する僕の子どもたちの姿を記録したかったからだ。
そう、まさに「タスマニアで生きる、親バカ日誌」だ。
ブログという場で自分の家庭の内情を暴露するのもなんだが、僕は子どもたちに土・日の週末しか会えない。
僕は毎週末を100%子どもたちに捧げている。
おかげで、見えないものが少しだけ見えるようになり、子どもと共に僕も成長し、タスマニアという土地にますます感謝するようになっている。

僕は写真に情熱を捧げているが、もし家が火事になってネガやデータが入っている箱を一つだけ外に持ち運べるとしたら、迷いなく子どもたちの記録をが入った箱を選ぶと思う。
彼らを撮る僕の写真こそが、まっすぐな僕の目だと思っている。
これからも子どもたちの写真をたくさんアップしていきたい。
退屈するかもしれないけれど、もしよかったら、見て頂きたい。



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ソーマ、7歳


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シオナ、5歳 


僕は彼らから、ダディと呼ばれている。
日本でダディと呼ばれるのは、郷ひろみくらいだろうが、ここでは僕のようなぱっとしない父親も、ダディなのだ。
二人が話せる日本語は「おはよう」「おやすみ」「こんにちは」くらいだ。
時折、「ごちそうさまぁ〜!」と叫んで食事をはじめる二人を見て、ガクッとしてしまう。



2006年は毎週末、自転車の特訓に明け暮れた。
子どもたちの自転車特訓には思い入れがあった。
僕が初めて自転車に乗れるようになったのは、シオナと同じ歳の頃。
運動グランドで母が何度も何度も背中を押してくれた。
僕も何度も何度も転んだ。
乗れたときの喜びは、今もなお鮮明だ。
僕の背を押す母の手の感触すらまだ感じる。
そして今、僕は同じ事を子どもたちにしている。
きっと子どもたちもこの思い出を忘れないだろう。
そして、彼らが彼らの子どもたちの背を押すとき、僕と同じ思いを抱くに違いない。
この小さな努力が親子の絆をつくるのだと思う。

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まずは、兄のソーマが手本を見せる。兄の力を誇示する絶好の機会を彼は見逃さない。


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兄のワンマンショーが何週間か続く。


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シオナはただただ、走って、兄を追いかけるばかりだ。


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しかし、この日のシオナは違った。
もう、兄を追いかけるのにはうんざりだ。
顔には、今日こそやってやるぞ、という闘志がみなぎっていた。


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ソウマがデモンストレーションをしている間、巨大な客船がホバートの港に寄港した。


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船の写真を写そうと立ち上がると、フレームの脇に、自転車に乗れず、悔し泣きをするシオナの顔があった。


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今度こそ、絶対に成功させてやる!


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でも、カメラを向けるとこの笑顔。フォトグラファーの父を持ってしまった子どもの宿命か?


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顔も、手も、身体も擦り傷だらけ。


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しかし、ついにやったぁ〜!一人で乗れたぁ〜!
周りの人たちが僕たちを見て笑いながら手を叩いているのに気がつく。
ハシャイでいるのは子どもたちではなく、僕のほうだった。


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シオナ、得意げな顔。


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兄のソーマも大満足。


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シオナ、よく頑張った!

by somashiona | 2007-03-23 11:30

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