相原さん − マウントフィールド・ナショナルパーク編

真っ暗闇の山の中、僕は頭につけたヘッドランプに照らし出される足跡をただただ辿っていた。
午前5時、マウントフィールド・ナショナルパークは昨夜からの雪に覆われている。

僕が辿っている足跡は目の前を歩く、写真家相原正明さんものだ。
「相原さんはタスマニアに住んでいるの?」と疑問に思われる方もいるはず。
相原さんは僕たちのように普通の家には住んでいない。
森の中、湖のほとり、川沿いなどにテントを張って、ワラビーやポッサムと一緒に住んでいる。
東京の自宅は仮の宿だ。(どうか真に受けないでほしい)

雪が舞い、凍える寒さの中、僕たちはお互い無言で、黙々と歩く。
暗闇と寒さのため僕たちは無言だというわけではない。
撮影ポイントに向かう相原さんの頭の中は、欲しい絵のイメージがぐるぐると渦巻いているはず。
真っ暗闇の山の中で相原さんの姿はよく見えないが、撮影への闘志が炎のようにメラメラと舞い上がっているのが、まるで見えるようだ。
僕が一言でも声を発すると、何か大変なものをぶち壊してしまいそうな気がして、カメラを抱きしめ、僕も黙って歩いているのだ。

1時間ほど歩くと、やっと撮影ポイントにたどり着いた。
どこで、何を撮るのかは、すでに入念なロケハンで決めてある。
人生と同じで、何が欲しいのか分からなければ、決して何も手に入らないのだ。
しかし、それだけではまだ充分でない。
ここで写真の女神様が天から舞い降り、にっこりと相原さんに微笑みかけて、「さぁ、最高の光をあなたにあげるわ。撮ってごらんなさい」という声にじっと耳を傾けなければならないのだ。

知らぬ間に空は青紫に変わり、相原さんは黙々と写真を撮りはじめた。

この撮影の数日前にホバートに住む友人の紹介で、僕は相原さんと初めてお会いした。
2005年の冬の話しだ。
この時僕はタスマニアでまだ写真の仕事を始めていなかった。
ホバートで大人気の寿司屋のスーパーバイザー(店長みたいなもの)をやっていた。
東京を離れてから既に3年が経ち、かつて1ヶ月に200〜300本のフィルムを露光するためシャッターを切っていた右手の人差し指は、完全に錆び付いていた。
写真を再びやりたくてしょうがなかったが、相談をした人たちは皆、ボバートでは食えないと言った。
この街は小さすぎるのだ。
写真で食べていくことの難しさは痛いほど知っているつもりだったので、皆が言っていることは間違いではないと分かっていた。
それだけではない。
プロレスや格闘技の写真を撮っていた東京では、充分に稼がせてもらっていたものの、はたして、自分の写真が違った世界でも通用するのかどうか、正直いって、その頃の僕にはまったく自信がなかった。
試しにホバートの土曜日の青空市で、既にブログで何度か紹介したモノクロの風景写真を売りに出してみたが、ほとんど売れなかった。
売れているのは他の人たちが出している、僕から見ると30年前から何度も繰り返し見ているポストカード的なカラーの風景写真ばかりだ。
僕は今まで仕事以外の写真を新聞、雑誌、広告、もしくはプロカメラマンに見せたことがなく、自分の撮る写真そのものに疑いを持ちはじめた頃だった。
相原さんにモノクロのホバートスナップショットや風景写真を見せたときは、緊張した。
僕のような無名のフォトグラファーではなく、世界で活躍するフォトグラファーが僕の写真を見るのだ。
写真が入った8x10の印画紙の箱を開ける手を一瞬止め、相原さんは僕の顔を見て、「もし写真が良くないと僕が思ったら、僕は正直にそう言いますから。この世界は非常に厳しい世界です。お世辞を言っても生き残れないので」といった。
相原さんの顔に先ほどまでの笑顔はまったくなかった。

一連の写真を見て、相原さんは僕に写真の世界に戻ることを勧めてくれた。
僕はこの言葉にとても勇気づけられた。

後日、相原さんからマウントフィールドの撮影を見に来ないか、と誘いがあった。
僕は今まで、ブライダルフォト、広告などのスタジオフォト、新聞、雑誌のスポーツフォト、ならびにエディトリアルフォト、舞台写真等のプロフェッショナルな仕事をお手伝いしたり、自分で撮影も経験したが、いわゆるネイチャー系(相原さんはこう呼ばれることが好きではない)のプロフェッショナルな仕事を一度も見たことがなかった。
それはもう、興味津々だ。
お言葉に甘えて、マウントフィールドの山小屋に一泊することにした。

僕の今までの経験でいうと、プロカメラマンと時間を共に過ごす時は、とても楽しいか、非常に息苦しいかのどちらかだ。
フリーのカメラマンとして生きていくにはかなり強いキャラクターが必要なせいか、毒のある人がカメラマンには多い。
同じ毒なら楽しいが、もし違えば死にそうになる。
僕の場合、機材や撮影テクニックの講釈などされたら、間違いなく窒息死してしまう。
その点、相原さんのお話は実に楽しかった。
写真のあるべき姿という点で共通する考えが多かった。
こんな言い方をするととても生意気で、相原さんにも失礼だが、僕はついに同志を見つけたような気がした。

撮影中の相原さん、普段のにこやかさは微塵もない。
人間、こうも変れるものか、と思えるほど、まったくの別人格だ。
僕は自分の撮影のときは被写体の懐にズカズカと入るほうだが、この時はかなりためらった。
相原さんの半径数メートル以内にはびっしりと立ち入り禁止の看板が立ってるように見えた。
看板を越えてしまうと、金剛力士像のような男がそこに立っている。
実に恐ろしい、、、。

撮影に関して驚いたことがいくつもあった。

僕はネイチャー系のカメラマンはスポットメータを使って露出を測光するものだと信じていた。
相原さんにそんな代物は無用だ。
今までの数々の経験が自動的に露出を決めている。

僕はネイチャー系のカメラマンは撮影している時間よりも、待つ時間のほうが多いのかと思っていた。
しかし実際、相原さんは現場に着いたとたん、つねに何かを撮り続けている。
あらかじめ決めておいたターゲットにいい光が来ない限りは、つねに違うものを撮っているのだ。
そして、ここがポイントだと思うのだが、その何かを見つけるのが、非常に早い。
その撮影の様子は芸能人の記者会見並みだ。
僕は相原さんがその場に5〜6人いるように感じた。

そして三脚の扱い方に、僕は驚いた。
僕は普段滅多に三脚を使わないのだが、この日は雪、雨、そして暗さのため、
あらかじめ持参した自分のマンフロットを使った。
僕のこの三脚には雲台にクイックシューが付いてある。
三脚での撮影が当たり前の相原さんも当然クイックシュー付きを使っているのだと思っていたのだが、そうではなかった。
そう、普通にカメラの底にねじで固定するタイプだ。
どうしてクイックシューを使わないのかと尋ねると、雲台とカメラの間にワンクッション入るとブレが生じる、という。
そこまで、こだわるか!
おまけに、カメラのセッティングは冗談抜きで、クイックシューを付けている僕よりも、格段に早い。
まるで踊りの一部のようにカメラを三脚にセットして構図を決めるのだ。

撮影ポイントには灰色の重い雲が覆いかぶさったままで、思うような光はいっこうに差し込まなかった。
撤収だ。
帰り道は少しリラックスムードで、僕も調子に乗って相原さんを撮りながら歩いた。
僕たちが泊まっている山小屋まで約半分ほどの道のりを歩いたあたりで、相原さんは突然会話をやめ、立ち止まった。
そしてゆっくりと空を見上げた。
いや、実際には空を見上げるというより、森の中に漂う、聞こえない声を聞いているといった感じだ。

「マナブさん、悪いんですけど、撮影ポイントにもう一度戻っていいですか?」

もし僕がその時ダメだといったら、例の金剛力士像の姿になって、マンフロットで僕を叩きのめし、パンダニツリーの根元に埋められそうな気配だったので、僕は黙ってうなずいた。

相原さんはもうすでに話しかけられないモードに入っていた。

撮影ポイントに再びたどり着き、相原さんが三脚にカメラをセットしたとたん、写真の女神が舞い降りて、灰色の雲の切れ間から美しい光が差し込み、被写体を照らし出した。

撮影を終えた相原さんの顔はもとのにこやかな顔に戻っていた。


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これが僕のオーストラリアでの新聞デビューとなった。
記事を書いてくれたのは親友のジャーナリスト、ギャビーだ。
ここに住む日本人として、日本の写真家がこういったかたちで紹介されることはとても嬉しいことだ。



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午前5時、山小屋を出発。
この時は暗くてまったく相原さんの顔が見えていなかったが、
もしこの目を知っていたのなら、この後一枚も写真は撮れなかっただろう。



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こうなると、もう誰も、近寄れない



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まだ、話しかけられない



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多くのカメラマンにはその人を語るトレードマークのようなものがある。
相原さんの場合はこの黄色いヘッドランプだ。
今どきアウトドアショップのドアを開ければ簡単にもっと小さくパワフルで、スタイリッシュなヘッドランプが手に入るはずだが、相原さんはこの黄色いヘッドランプを手放さない。
幸せを運ぶヘッドランプらしい。
家のベッドの枕元にも、つねに置いてある。



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相原さんはグルメだが、一番好きな食べ物はきっとこの口にくわえているものだろう。



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この新聞記事を担当したギャビーとサラマンカのカフェに向かう。
これが普段の相原さんだ。






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by somashiona | 2007-04-10 00:42 | 人・ストーリー

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