ナショナル・ジオグラフィック・マガジン

最近、朝4時に起きる生活が続いていた。
仕事がらみでやむを得なくそうなってしまったのだが、実は僕、この時間に起きるのが大好きだ。
生活が充実していて、やる気満々の時はこの時間に起きて行動を始める。
この時間は思考することに向いている。
なぜだか気持ちが静まり、考えにとても集中できるのだ。

そして早朝、何よりもいいのは、夜が朝になるあの紫がかった青の世界だ。
その瞬間はあっという間に過ぎてしまう。
その後に射し込んでくる朝日を見ると、なぜだかその日が一日中いい日になりそうな気がしてくる。

いや、フォトグラファーならば、そんな美しい時間は幸せを感じているよりも、写真を撮るべきではないのか?

早朝と夕方は釣り人、ハンター、そして写真家にとって獲物を仕留めるための、もっとも大切な時間だ。
写真を始めた頃は朝と夕方に写真を撮る気持ちを集中させていた。
光がいいからだ。
でも、ナショナルジオグラフィック・マガジンの中で僕がもっとも憧れるフォトグラファー、William Albert Allard (ウィリアム・アルバート・アラード)のこの言葉に触れた時、ころりと考えが変った。
“Sometimes the light’s there but the picture isn’t. It’s not just a matter of good light; there is really no such thing as bad light. It’s knowing how to use the light that’s available. You know the old thing about getting up early morning and late afternoon? Well that’s great for fishing, hunting, and photography to a degree, but if you really know your craft or your art, you better be able to work at high noon as well. There’s wonderful things to be done.”
彼が言っているのは「朝や夕方はもちろん写真家に撮っておいしい時間だけど、もし君が自分の技術や創造すべき作品を良く理解しているのなら、真っ昼間の光でも仕事ができるようにすべきだ。きっと素晴らしいことが起こるはず」(超意訳)
以来僕は、晴天の真っ昼間にレンズの絞りをF8~16くらいまで絞って、真っ黒な影と、深く濃い色、そして被写界深度を利用して撮る写真が好きになった。
以前僕のブログにアップした「ホバート・ショウ・デイ」の写真はその典型だ。


ナショナル・ジオグラフィック・マガジン(以下ナショジオ)といえば、これにまつわる思い出がたくさんある。
ナショジオの仕事をしたことがある、という意味ではないので、決して誤解しないでほしい。

ロスアンジェルスでフォトジャーナリズムの勉強をしていた時、アサイメント(課題)で「自分で雑誌の記事の案を練り、実際に雑誌社に送る」というものがあった。
その時、この業界で経験豊富なミスタードイチャック先生はこう言った。
「君のアイディアだ。気後れせず、君の提案に合うであろう雑誌社ならどこでもいいから送ってみなさい。ただ一つだけ言っておくが、ナショナル・ジオグラフィックだけはヤメておいた方がいい。何故かって? 君だって、あの山の上に住む、ポップスターのマドンナにラブレターを送って、デートのお誘いをしても、OKの返事をもらえるとは思わないだろう。ナショナルジオグラフィックに仕事をお願いするのは、それと同じくらい難しいことなんだよ」

ミスタードイチャック先生のその言葉を聞いて以来、ナショジオは僕の夢になってしまった。

しかし写真で稼ぐようになってからは、それがどんなに雲の上の話しなのかが、残念ながら、より明確になってきた。
その夢がどんなに困難なものかを決定的づけたのは、東京でナショジオの写真部長の講演会に参加したときだった。
貴重な話をたくさん聞かせていただいた。
講演会に参加していた方の一人がこの写真部長に質問をした。
日本人の写真家もナショジオで働くことが可能かどうかを。
そしてこの部長はきっぱりといった。
「その日本の写真家がネイティブに近い英語を話せなければ、おそらく無理でしょうね。ナショナルジオグラフィックのアサイメントは写真を撮り終えた時点でやっと半分なのです。それから時間をかけてスタッフとともに写真を選び、そしてなぜその写真が重要なのかと言うプレゼンテーションをしなければならない。どんなに写真の腕が良くても、それを説明する英語力がなければ、希望は持てないでしょう」

僕はその話を聞いて、目が潤んできた。
長い間、心を寄せていた人に、ふられた気分だった。
ロスアンジェルスでの3年間、僕の英語はまったく上達せず、これに関してはもう絶望的だったからだ。(この時、自分の写真のレベルのことは考えていなかった。そこが更に愚か)
外国に住んでいると英語は上達するだなんて、まったくの妄想。
上手くなる人は短期間でも驚くほど上達するが、ダメな人は一所懸命勉強しても、その効果はほとんど感じられない。
日常生活が不自由なくできるというのと、仕事上の複雑な話しを明確に理解し伝えられるというのは、まったく別のレベルの話しだ。
僕は、日常生活でも不自由している。
ちなみにナショジオに写真を掲載した日本の写真家がいることを、後で他の人から聞き、また希望を持った。

この講演会ではガッカリしたことばかりでなかった。
ここで僕は二つの宝物になる言葉を得た。

ナショジオで働くフォトグラファーにとって最も重要な資質は何か、という質問でからはこう応えた。

1.パッション(情熱)
2.インテリジェンス(知性)
3.ハードワーカー(働き者)

2のインテリジェンス以外は努力次第で僕も希望が持てる。いいぞ。
これは仕事をする上で、僕の座右の銘になった。
これが一つめの宝物。


その当時、自分の撮影スタイルで疑問を持っていたのは、納得の1カットを手に入れるため、しつこいほどシャッターを切ってしまうことだった。
プロレスラーの蝶野さんは「じゃあ、あと一枚ね、って言ってから、もう十枚くらい撮ってるじゃん」とよく僕をからかった。

そうかと思えば、しつこく撮りたくても撮れない場合がある。
先日撮影したオーストラリアの超有名人は、僕がその一枚を撮るために早朝から車を往復500キロ走らせて会いにいったにもかかわらず、僕に写真を撮らせようとしなかった。
連日のマスコミの攻撃で腹の虫の居所が悪かったようだ。
全国紙のウィークエンド版で、記事のための大きなスペースをすでにとっている。
少なくても5、6カットの決めの写真が必要だった。
インタビューを終えたジャーナリストの額から冷や汗が流れるのを僕は見た。
僕はあの手この手で大声をあげて説得しながら、腰の位置にあるカメラからシャッターを切っていた。
この手しかないと思った。この男は絶対にイェスと言わないと思ったからだ。
彼らが去った後、ジャーナリストは神頼みするような顔で撮った写真を見せてくれと僕に頼んだ。
神頼みしていたのは、他でもない僕のほうだ。
なんとか使えそうなカットを見つけ、僕たちは安堵の息を洩らした。

大物女優さんを撮影するため、ホテルの2階で待っていた大物写真家のエピソードで、僕のお気に入りがある。
昔のアメリカでの話しだったと思う。
ホテルの部屋で待っていた写真家は、2階の窓から、華やかな白いドレスを着たその女優が、優雅な身のこなしで到着した車の中から降りてくるのを見た。
部屋に入ってきたその女優と短い言葉を交わし、2、3枚シャッターを切って、彼は荷物をまとめはじめた。
あっけにとられた顔で「もうおしまいなの?」と聞く女優に向かって彼は「あなたがホテルに到着した時に、もう美しい一枚を撮りましたので」と微笑んだ。
僕の脚色もあると思うが、確かこんな感じの話しだった気がする。
こんなふうに仕事ができたらどんなにいいだろう。
いつも憧れてしまう話しなのだ。

ナショジオの写真部長は講演会でこう言った。
「優れた写真家に共通して言えることは、呆れるほどたくさんのカットを写すことです。何か感じるものがあったときは同じ人、同じ場所、同じものをあらゆる角度から、これでもか、というくらい撮ります」

そう、これでいいのだ。
これが二つめの宝物だ。
今までだって、しつこいほど撮った一番最後のカットが使われたという経験が何度もある。
そして、その度に安堵の息を洩らす。
「ヘタな鉄砲数撃ちゃ当たる」こういう言葉にはぜひ耳を貸さないで欲しい。

「しつこい男は嫌われる」というのが僕の母の口癖だったが、この仕事を選んだのだから、仕方がないだろう。

ナショナル・ジオグラフィック・マガジン、果てしなく遠くにある夢だが、夢はないよりも、あったほうがいい。
何歳になっても。



とりとめのない話しを長々としてしまった。
ここまで読んでくれたあなたが短気な人でないことを願いたい。

久々に一人の日曜日。
昼下がりのボバートは秋晴れの爽やかな青空が広がる。

皆さんも良い日曜日をお過ごしください。

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ある冬の早朝。
ダーウェントリバーでシーカヤックをするため友人とニューノーフォークへいった。
車からカヤックをおろしていると僕の後方に突然眩しい光が射し込んできた。
まるで天使まで一緒に舞い降りてきそうな勢いだった。



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by somashiona | 2007-04-15 13:50

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