サリーナ



電話が鳴ったときは夜中の12時を過ぎていた。
僕は夜遅くにかかってくる電話が嫌いだ。なので不機嫌な声で受話器を取る。
受話器を耳に当てると早口の、とてもお上品とは言えない英語で女性が何かまくしたてている。たまにこんな時間に酔っぱらいがパブから間違い電話をかけてくるとこがあるが、この電話もまさにそんな感じだった。ただ違うのは相手は僕の名前を盛んに口にしていることだ。
「マナブ、あんたねっ、あれから2年も経つっていうのにどうしてあたいの町に遊びに来ないのさ?霧のある風景を撮りたいって、あんた言ってたじゃない!」
あれから2年、、、あたいの町、、、霧の写真、、、???
思い出した!2年前、シェフィールドの取材をしていた時に、3分間ほど道端で言葉を交わした女性だ。面白い町に住んでいるから遊びに来いと彼女は僕に言った。そして僕は彼女に名刺を渡したのだ。彼女の住んでいる町は、、、そうだ、ローズベリー、タスマニアのウェストコーストにある町だ。
まったく観光名所のようなものがない町で、車なら1分以内で通り過ぎてしまう大きさだ。1年のほとんどがじめじめした雨か霧という気候で、あまり住みたくなるような町ではない。大きな鉱山があり、住民のほとんどがその仕事に従事している。タスマニアで生まれ育った人でさえ、この町の実態をよく知らないという、秘密のベールに包まれた町だ。面白そうだ。ちょうど次の週は写真家の相原さんと世界遺産のクレイドルマウンテンで過ごすことになっている。ローズベリーはそこから車で1時間とちょっとだ。相原さんと別れた後、僕は3、4日彼女の家にお世話になることにした。

ローズベリー入りし、彼女の住む家を見つけるためたまたまそこを歩いていた男に道を尋ねると、彼は「あんた写真撮る日本人だろ」と言ったので、僕は驚いてしまった。さすが小さな町、僕の噂はもう広まっているらしい。

彼女の家を見つけ僕は「Oh, fuck!」と言って、こめかみを手で押さえてしまった。たいして上手い英語をしゃべれないくせに、そういう言葉だけは自然と口からでてしまう。彼女の家は崩れ落ちる寸前の廃屋のようだった。普通の廃屋と違うのは、どこもかしこもそこら中に彼女の絵が描かれていることだ。気の小さいことを言ってはいけないが、僕は虫やネズミや蛇が出てくるような場所ではなかなか寛ぐことができない。ブランケットはたくさんあるから寝袋は持ってくなくていい、と彼女は言ってたけれど、念のためにテントと寝袋は車に積んである。寝袋で寝たほうが良さそうだ、と思っていると彼女がワンちゃんと一緒に家から出てきた。彼女、そう、今日の主役はサリーナだ。

僕には写真の才能があるのかどうか分からないが、知らない人と出会い、その人の生活の中にすんなりと入り込む才能はあるみたいだ。どこかの町に滞在するとそこで誰かと出会い仲良くなり、次回からはその町で宿を探す必要がなくなる。ローカルの人たちと知りあい、彼らの生活に入り込んでいくとガイドブックには載っていない貴重な経験ができる。それは同時に写真に収めるべき最高のチャンスにもなる。しかし、この世にはクレージーな人たちもたくさんいるので、五感をフルに使い危険を察知しなければならない。安全な人間かどうか?好意なのか、裏があるのか?疑いの目でものを見ると、相手はそれを察知する。イヤだな、と思うとコミュニケーションがギクシャクする。全ての人たちは自分とはまったく価値観の違う人間だ。自分の価値観から外れる生活を相手がしようと、間違っていると思える行いをしていようと、僕はお客として招かれている人間として、まずは全てを受け入れる努力をする。相手の価値観でものを見ないと、見えないことや分からないことが世の中には多すぎる。写真を撮るときは、ひとまず相手の価値観に身を委ねるのだ。考えるのは、後でいい。

サリーナに関しては、ローズベリーに住んでいて、絵を描く人間ということしか情報がなかった。僕は少し心配だった。家の中に入ると快適でない匂いが僕の鼻を攻撃した。上手く表現できないが、何週間も洗っていないタオルか野球部の部室のような匂いだ。家の中は真っ暗だったが目が慣れてくると、壁という壁が彼女のブラシで彩られているのが分かった。家中、どこもかしこも、何もかもがぐちゃぐちゃで、混沌としていた。そしてそれが彼女自身の内面を表しているということに気がつくまで、僕にはさほど時間を必要としなかった。

彼女はメインランド(オーストラリア本土)のビクトリア州出身、36歳、独身だ。5年前からタスマニアのローズベリーに住んでいる。タスマニアに移住した理由は「一人になりたかったから」と彼女は言った。荒れた生活、終わりのないトラブル、家族の問題。鬱病にかかり、精神安定剤を長年にわたって飲み続けたが、弟の溺死によって家族問題がより一層重く彼女にのしかかった時、彼女はビクトリア州から出て行くことを決意した。家族の人間の話しなどもう何も聞きたくない、自分のことを誰も知らない土地に住もう、この考えは彼女を酔わせた。持ち物を全て売りさばき、ピックアップトラックとこの家を500万円で購入した。わずか1週間の出来事だったらしい。ローズベリーを選んだのは、ここの不動産がオーストラリアで一番安かったからだ。僕はローズベリーに滞在中、多くの人たちと話しをする機会を得たが、メインランドからの移住者が意外と多いことに驚いた。この町を選んだ理由は皆サリーナと同じで、家が安かったからだ。もう一つの共通点といえば、どうやって生活していくかは、ここに来てから考える、と言うことだろうか。
サリーナはお店の看板や、パブのメニューなどを描いて生計を立てているらしい。食べていけるだけのお金があればそれで充分だと言う。僕が見る限り、彼女はあまりきちんとした食事をしない。僕が来た日に作ったパスタを3日間続けて食べていた。僕がそれに付き合えたのは2日までだった。

彼女はいつでもイライラしている。
四六時中巻きたばこを口にくわえている。
彼女が話しをするとワンセンテンスに一度はファキングという単語が出てくる。
「我慢できない」という言葉を一日に何度も口にする。
アメリカが世界中で巻き起こしていることに怒り、イギリス人を心から嫌っている。(彼女の両親はアイルランド人なので無理もない)彼女によるとアイルランド人は常に飲んだくれて騒いでいるか、怒り狂って誰かとケンカしているかのどちらかだ、と彼女は言うが、100%アイルランド人の血を引く彼女を見ていると頷ける。

そんな彼女がまったくの別人になる瞬間が2つあることに僕は気づいた。

一つは絵を描いているとき。
よく映画などで飲んだくれのオヤジがピアノを弾きはじめるとしゃきっと別人のようになる、というのがあるが、彼女の場合もまさにそれだ。突然、目に生命が宿るのだ。姿勢も良くなる。彼女にとって描くことは、生きている証拠に他ならないのだ。

もう一つは、愛犬のパイレーツを抱擁しているとき。
まるで愛する我が子を見つめる母親の目になる。
気がつくと彼女はいつもパイレーツに話しかけている。
朝から晩まで、まるで残された最後の肉親と話しをするように。
パイレーツのおかげで彼女は100%の孤独を味あわずにすんだのだろう。

僕はと言えば、彼女のおかげでこの町にすむ多くの人と知り合いになり、普通では味わえないような体験ができた。
最終日、朝の5時半に彼女の家を出ることにした。
「僕のために起きなくていい、そのまま寝ていて欲しい」と言うと「忍び足であたいの寝室に入って、あたいの頬にキスして出て行かなかったら、ただじゃおかないよ」と僕を脅した。
僕は彼女の約束を守って家を出た。

ありがとう、サリーナ。


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な、なぜだ!
昨夜、眠たい目をこすりながらアップした写真が見れない!?
皆さんごめんなさい。
もう一度やってみます。

待っていてくれていた皆さん、ありがとう!
楽しい旅ができました。
しばらくの間は旅の土産話にお付き合いくださいね。

ちょっと見ない間にブログランキングが大変なことになっちゃってる!
もう皆さんご存知だと思いますが、小説家の馳 星周さんがブログをはじめました。
テキストはもちろんですが愛犬ワルテル君の体温が感じる写真には思わず唸ってしまいます。
また楽しみのブログが一つ増えました。

ところで、あれれ、僕のブログはどこへ行ってしまったの?今何位?
まっ、いいか!

これからも応援お願いします!




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by somashiona | 2007-06-01 01:55 | 人・ストーリー

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