ポール・オブライアン



救急病院からサリーナの家に戻ったのは朝の6時過ぎだった。
疲労困憊、とにかく眠りたかった。
ソファーに倒れ込んだ瞬間に僕は深い眠りに落ちた。

熱帯雨林に一人迷い込んだ夢を見た。
身体を汗だくにし、深いジャングルの中、大きな植物の葉をかき分け進む。
永遠と思える時間をあてもなく、ただ進む。
スコールの後の滴が、木々の葉を伝い、僕の顔にピチャピチャと落ちる。
ピチャピチャと、ピチャピチャと、ピチャ、、、ん、ん、、、。
目を開けるとパイレーツが僕の顔をピチャピチャと舐めていた。
たのむよパイレーツ、、、今朝はよしてくれ、、、。
続いてサリーナが耳元で叫ぶ、「マナブ、起きなさいってば、朝だよ。今日はあんた、やることがたくさんあるでしょ!」
時計を見ると8時。睡眠時間はたったの2時間、、、やれやれ。
そう、この日は僕がこの町に来た大きな理由の一つ、鉱山の中の様子を写真に収めるチャンスなのだ。サリーナの友人であるポールという男が鉱山で働く人たちの中で少し力があり、話しの運び方によっては鉱山の中に入れるかもしれないのだ。彼が仕事を始める前にネゴシエートしなければならない。
ソファーから身体を起こしたとたん、吐き気とめまいに襲われた。
マリファナの二日酔い、100%のストーンオーバーだ。

交渉成立後、タスマニアで一番大きな鉱山業の会社のオフィスに行った。
鉱山に入るための安全のレクチャーを受け、簡単な確認試験をパスする。
ここで働く人たちと同じ装備をしたあと、地底深く潜っていった。

この話しは別の機会に改めてしたい。
全ての写真を見せる許可をまだ得ていないからだ。

この日、地底1.8kmまで行ったが、このタスマニアに地底にこんな世界が広がっているとは夢にも思わなかった。
その構造はまさにアリの巣、世の中にはスゴい仕事がたくさんあるものだ。
熱い熱い地底で汗だくになって働いている男たちがあんなにたくさんいるとは、、、。




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地底ではストーンオーバーで何度もはきそうになり、フラフラの頭で集中力を少し欠いたものの、貴重な写真を撮ることができた。
この日は身体の具合の悪さと、次の朝、早く起きて写真を撮りたい理由から、早めにソファーで寝ることにした。
しかし、、、。

夜中を過ぎると酔ってへべれけになっているポールがジンのボトルを持って、サリーナの家にやってきた。
「マァ〜ナ、ブゥ〜、ル、ル、ル、ルゥ〜」オリビア・ニュートンジョンの『ザナドゥ』を僕の名前に変えて歌っている。
Fuck!勘弁してくれ!具合悪いんだってば!
「Leave me alone! Don’t touch me!」
彼は寝ている僕に馬乗りになって、「ハハハァー!これがウェストコーストの愛情表現ってもんさぁ〜〜〜!」と僕の目をこじ開ける。
そして眠い目をこすりながら身体を起こし、サリーナと熱い議論を交わす彼を写真に撮ると、「こりゃぁー!なに撮ってるんじゃぁー、われぇー!」と怒りだす。僕の思考能力は完全にストップしていたので、話題についていけず、寝ようとすると再び『ザナドゥ』攻撃にあい、寝かせてくれない。
朝5時に起きて撮影に出る予定だったのに、朝5時にやっと寝かせてくれた。




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次の日の夜、ポールは僕をパブに連れて行ってくれた。
中には12時間のシフトを終えた鉱山の男たちが酒を酌み交わしていたが、アジア人の僕がパブに入った瞬間、全員の首が僕のほうに回り、一瞬パブがしぃ〜ンとなる。ポールはその場の空気を察してか、一人一人の男たちに僕を紹介し、僕は彼らとプール(ビリヤード)を楽しんだ。




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彼とサリーナはとこあるごとに何やら議論している。
議論というよりむしろ口喧嘩に近いかもしれない。
険悪なムードの時にカメラを向けると、怒られる。




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ポールの姿が消えたので外に出てみると、町の男たちにこの町がどうあるべきかを力説していた。




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彼はもともとビクトリア州出身のジャーナリストだった。
文字が創りだす虚構の世界に嫌気がさし、ジャーナリズムから足を洗い、鉱山で働きはじめた。
現場ではたちまちリーダー的存在になり、やがて労働者やこの町が抱える不幸な問題に目をつぶれなくなってくる。
彼は会社やお役所に向かって声を上げはじめた。
彼について来る仲間たちが増え、彼を煙たがるお偉方も同時に増えた。
仕事が終わると酒を飲み、愛すべき本を読みあさる。
40代半ばの彼はもうかなり長く独り身を通している。
過去、愛した女性があり、二人の間にできた息子とは8か月だけ一緒に過ごすことができた。その後、彼が愛した女性は彼が息子と会うことを許さなかった。
彼は毎日毎日、息子のことを思い続けた。
息子がティーンエイジャーになったクリスマスの前の日、思い切ってかれは息子に電話した。
「息子よ。俺はお前にどうしてもクリスマスプレゼントを送りたいんだ」
「僕、、、あなたから欲しいものなんて、何もないよ、、、」
初めての息子との会話はため息ほど短く、心の傷は海よりも深く残った。
あれ以来、一度も息子とは話していないと言う。

ビリヤード台でもくもくと玉をつく彼、僕にとって動く哀愁そのものだった。




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彼との最後の夜、僕は彼のパナマハットを褒めた。
逢うたびに彼は違うパナマハットをかぶっていて、それがジャケットの色と必ずマッチしていることに僕は気がついていた。
彼は今まで見た中で一番嬉しそうな顔をして僕にこう言った。
「ヘイ、マナブ。俺はもう何十年も仕事以外の時間はこのパナマハットをかぶっているけど、そのことに触れたのはお前が初めてだよ。俺たちの友情の印に俺のパナマハットを一つ持って帰ってくれ。言っとくが俺のハットはタスマニアじゃ買えないぜ。一番安いやつでも130ドルするんだ。次に俺と会う時は、お前、俺のパナマハットをかぶって来いよ。約束だぜ。」

この夜もローズベリーの町は冷たく、霧が立ちこめていた。
酔っぱらった彼を家まで送り、僕たちは別れの固い握手をした。

「ポール、いろいろとありがとう。一つだけ言っておきたいんだけど、、、あのさポール、息子さん、あんたからの電話、きっと嬉しかったと思うよ」

ポールの目が潤んだので、僕は急いで車を走らせた。






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by somashiona | 2007-06-02 23:32 | 人・ストーリー

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