ミックとエマ



昼過ぎにミックとエマの家にお邪魔した。
事前の連絡なしの突然の訪問だった。
例の救急病院事件以来彼らとはまだ顔を合わせていず、彼らは僕がそんな事態に陥ったことを知らない。

ドアのベルをしばらく鳴らしたが、中から犬の吠える声しか聞こえない。
諦めて帰ろうとした時、ゆっくりとドアが開いた。
ドアの隙間からは寝ぼけ眼のエマの顔が見える。
「あれっ、ひょっとしてまだ寝てたの?」
「う、うぅ〜ん、、、いいのよ、もう起きなくちゃいけない時間だから、、、」
そりゃあ、そうだろ、もう昼過ぎなんだから。日本の大学生だってこの時間には起きてるよ、と僕は呆れたけれど、口にはしなかった。
「とにかく、中に入ってよ」
家の中はまだカーテンが閉まったままで薄暗かった。

「午前3時にどうしても観たいドキュメンタリー番組があって、朝まで起きていたのよ。私の仕事も今日は午後3時からだし。コーヒー飲む?」
エマがコーヒーを入れてくれる間、ミックがのそのそと起きてきた。
僕の顔を見ると、とびきりの笑顔をくれる。




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そう、この日僕がここを訪れた一番の理由は、パーティの夜に気になっていた豚の壁の前でミックのポートレトを撮るためだった。
豚と言えば、この家の中をよぉ〜く見ると、あちこち豚だらけだ。
エマが豚のコレクターらしい。
パーティの夜、ミックとエマのヌードを撮ろう、という話しで盛り上がり、エマと僕の二人でミックを説得し、彼も渋々承諾した。
だがこの日はあいにくエマの時間がない。なのでエマが仕事に出るまでの、二人の日常生活風景とミックのポートレイトだけに絞ることにした。




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救急病院での出来事を彼らに話し、大いに盛り上がった。マリファナで死ぬ可能性は唯一それを食べた時だけだ、という話を聞き、改めて僕はビビり、彼らは僕に何度も謝った。

エマが出かける支度をはじめた。
女性の写真を撮るときの一番好きなシチュエーションは、彼女たちが一人鏡に向かい、化粧をする時間だ。どんな女性でもこの瞬間はたまらなく美しい。鏡に映る自分の姿を、自分のためだけに見る瞬間の女性こそが、飾らない彼女たちの表情だと思う。鏡に映る彼女たちの姿をファインダー越しに見ると、僕はいつだってこの時間が終わらなければいいのに、と思ってしまう。




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エマが支度をしている間、ミックはストーブの薪に火をおこし、カーテンを開け、部屋の片付けをはじめる。




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パーティの時、彼が一瞬だけ見せる何ともいえない陰のある顔、いや、むしろ苦悩の顔と言ったほうがいいだろうか、僕はそれが気になって仕方がなかった。このチャーミングな笑顔を持つ男が、どうやったらそんな苦悩を合わせ持てるのか、その謎を知りたかった。
エマに見せる愛情たっぷりの顔と一人の世界に浸る彼の顔の落差はあまりにも激しすぎるように、僕には思えた。




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「さて、朝食をとらなくっちゃ」と言って彼が用意しはじめたのは、呆れるほどのクスリの数々だった。
「えっ、どうして全部一気に飲まないのって?いやね、冗談じゃなくて、一粒だけひっどい味のタブレットがあるんだ。マナブにも経験して欲しいよ、この味。マジでさ、こんなひでぇー味のタブレットはこの世にこれ一つしかないと思うんだよな、俺。」




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彼は多発性筋炎という難病を持っていたのだ。
クイーンズランド州のブリスベンには16人。タスマニアのホバートには22人しかこの病気を患っている人がいないらしい。
全身が凄まじい倦怠感に襲われ、ひどい時には一日中ベッドから動けない。調子のいいときでも常に筋肉の痛みに苛まれ、5分も外を散歩するとダウンしてしまう。もちろん働くこともできず、一日一日をただ過ごすだけで精一杯だと言う。

彼の苦悩の表情の謎が解けた。
だが、僕の頭の中ではモヤモヤとした謎がさらに広がっていった。
そんな苦しい生活なのに、どうしてあんなに愛らしい笑顔ができるの?
どうしてあんなに幸せなオーラを放っているの?

仕事に出かけるエマとキスを交わした後、ミックはその答えを教えてくれた。

「朝起きるとね、うひょ〜、俺今日も生きてるよっ、って思うんだよ。俺ってラッキーな男だよなって。それとさ、エマが仕事に行ったからマナブに話すけど、彼女がいるから俺は幸せなんだ。エマを見てると分かるだろ。彼女、いつだって笑ってるんだ。思いっきり笑うんだよ。いつも俺を笑顔で愛してくれるんだ。彼女、美人だろ!あんな美人な女がさ、いつも俺に笑いかけて、おまけに好きなだけやれるんだぜ!俺って幸せもんだろ?」

ミック、君は本当に幸せ者だ。

「俺さ、こう見えても実は結構シャイなんだ。写真に撮られるなんて特にダメ。でもさ、マナブだったらこの薄くなった髪の毛を気にしなくっていい気がするよ。な、せっかくだからさ、渋い写真とってよ。分かるだろ、クールなやつさ」




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彼は僕のためにTシャツを脱ぎ、精一杯渋く決めてくれた。
でも、僕が好きなのは彼の、その子どもみたいな笑顔だった。




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by somashiona | 2007-06-04 00:14 | 人・ストーリー

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