解けない封印



僕は3年前からモノクロフィルムの現像をまったくしていない。
フィルムの現像は誰にも任せることのできない、僕の個人的な写真活動の核となるものだ。


現像できないのには訳がある。
冷蔵庫の中で3年間現像を待って眠っているフィルムたちの中に、どうしてもまだ見ることが出来ない絵があるからだ。


3年前、父が死んだ。
原因不明の病気で苦しみ抜いた後の自殺だった。
あの優しい父が、プロレス中継ですらまともに見ることのできない気の優しい父が、そんなふうに人生の幕を閉じてしまった。
僕にはそれが信じ難く、ショックだった。
こんな時、海外に住んでいることのもどかしさを痛感する。
母や妹のもとに一刻も早くいきたい。
父の顔を見るまで、死はまったく現実味を持っていなかった。
オーストラリアと日本との距離がこんなに遠く、長く感じたことは、今までない。


実家の和室に横たわる、父の冷たい頬に触れた時、これが現実だと知った。
「マナブ君が来たとたん、お父さんの顔が優しくなったねえ、、、」と誰かが言った。
父のとった行動に強い怒りを感じていたが、毎日の激痛から解放され、ホッとしたような父の顔を見ると、もう怒りなど欠片もなくなっていた。


僕は泣きながらカバンからレンジファインダーのカメラを取り出し、涙で潤んだ目でピントも分からないまま父の顔を、僕にとって最後の父のポートレイトを撮った。
何枚も、何枚も。
もう二度と父の写真を撮ることが出来ないと思うと、僕は自分を止められなかった。


冷蔵庫の中で転がっている、たくさんの未現像のフィルムの何本かが父の写真だ。
今までの悪い癖で番記やタイトルをフィルムに書いていなかったばかりに、どれがそのフィルムなのか分からない。
僕は現像液に浮かび上がる父の顔をまだ見ることが出来ない。
3年が過ぎたにもかかわらず、あの時の悲しみを、映像として受け止める心の準備ができていない。
それゆえに、3年間フィルムの現像をできないでいるのだ。
写真の持つ記録性は時に非情だ。
そして悪いことに、理由はまったく無いのだが、父のフィルムに手をつけずして、他のモノクロフィルムの現像をしてはいけない、という確固たる思いがあるのだ。


父の兄である僕の叔父さんが亡くなった。
いつも笑顔の、子どものように純粋な心を持った人だった。
今日が葬儀だが、僕は出席できない。
叔父さんにたいして何か僕の心を捧げたかった。
何か僕の個人的で特別なことを叔父さんに捧げたかった。
ブログでこんな重い話しをして、不快に思った方もたくさんいると思うが、こんなかたちで僕の心を叔父さんに捧げようと決めた。
自分にとって楽じゃないことをしないと、叔父さんに僕の心が伝わらない気がしたのだ。

父が死ぬ前の日の夜中、父がベッドにいないことに気がついた母が家の中を探すと、父は僕が送ったソーマとシオナの額に入った写真を抱きしめて、声を殺して浴室で泣いていたと言う。


今頃、天国では父と叔父さん、そしてもう一人去年亡くなった叔父さんの兄弟三人で、人生で一番幸せだった頃の笑顔に戻って、昔話に花を咲かせていることだろう。


叔父さん、さようなら。









f0137354_23244855.jpg

by somashiona | 2007-06-08 23:20

<< previous page << ファミリーポートレイトは愛のかたち | 雨が降れば、バルビゾン派 >> next page >>