初めての手術は、、、痛かった





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ソーマは生まれたときから頭にハゲがあった。
お産の時、彼を取り出した病院の先生の親指の指紋の跡だと、僕はなぜかずうっとそう思っていた。
病院ではそのうち消えるよ、と言われていたが、その後そのハゲは時と共により鮮明になった。
ちょうど10円玉くらいの大きさで、毛穴がまったく無く、これ以上無いほど柔らかで、つるつるとした手触りのいい見事な十円ハゲだった。

風に煽られた髪の毛の間からそのハゲが見えた時、プールで濡れた髪の間からそのハゲが突如姿を現した時、多くの人は素直に驚きの反応を示したが、僕もソーマの母もさほど気にしてはいなかった。
ハリーポッターだって生まれたときから額に傷跡があったことだし、むしろそれがソーマのトレードマークとして、僕は誇らしいくらいの気持ちでいた。
だいたい10円ハゲくらいでソーマの人生が悪い方向に向かう訳が無いのだ。








しかし、そう考えないドクターが昨年ソーマの前にこつ然と姿を現わした。
ドクター曰く、それはハゲではなくデキモノの一種で、将来悪性の腫瘍などに変る可能性もある、と僕たちを震え上がらせる意見を述べた。
オーストラリアは皮膚の病気に対して敏感だ。オーストラリア上空のオゾン層は非常に薄く、皮膚がんの発症率が高いからだ。

ドクターは早めの摘出手術を僕たちに勧めた。
まあ、遅かれ早かれソーマがこのハゲで悩む日が来るのは確実なので、今のうちにそれを取り除いてしまおう、という方向で話しがトントン拍子に進んだ。

あのつるつるした手触りをもう楽しめないのかと思うと、僕は少し残念な気持ちだったが、ソーマはこの手術をなぜかわくわくと心待ちにしていた。

この日ソーマが手術を受けるのは「ワンデーサージュリー」という日帰りの手術を専門に行なう施設だ。




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オーストラリアでは病気の症状を見てもらう為に主治医のクリニックへ行き、レントゲンを撮りますと言われれば、再度アポイントメントをとってまったく違う場所のレントゲン専門の施設に行き、そして手術だと言われれば、手術を専門に行なう施設に行かなくてはならない。とても面倒なのだ。

子供とはいえどもどんな手順でどんな手術をするのか、ドクターは事細かにソーマに説明する。




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ドクターの話を聞いたソーマの心をしっかりと捉え、彼を興奮させたのは、まず第一に麻酔だ。自分以外の力で瞬時に深い眠りにつく。これが彼には信じられないマジックのように思えたらしい。
そして第二に手術の前の夜から何も食べてはいけないこと。食事の時に残さないでしっかり食べなさい、と何度も言われたことはあるが、食事の時間にも関わらず何も食べちゃダメと言われたことは、今まで一度も無いのだ。どれだけお腹がすくのか、ちょっと想像しただけでドキドキしてしまう。




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手首に手術患者の為の認識表を付けられ、点滴のための麻酔クリームを手の甲に張られたときは間近に迫った興奮のエクスタシーに顔を赤らめている。どうやら彼には手術に対する恐れというものがまったく無い。




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手術室に入る彼の母親が着替えを終えた時、ソーマの手術を担当する女医さんが自己紹介をしてから、頭の様子を再度チェックしていた。
僕は僕で、こんな美人の女医さんなら手術もまんざら悪くないなぁ、、、などと不埒なことをぼんやりと考えながら彼女の説明を聞いた。




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手術室にはいってからは僕にはまったく様子が分からない。
ソーマが手術に対して不安な気持を抱かなかったことにホッとしつつ、今度は僕のほうが猛烈に不安になる。
心配しても仕方ないさ、と自分にいい聞かせつつも、やはり内心穏やかでない。
子供に対する全身麻酔はリスクがないとは言えないからだ。
とにかくシオナと共に時間が過ぎていくのをじっと待つばかりだ。
待合室の白い壁を穴があくほど見つめていた。
壁に穴は無かったが、趣味の悪い絵が数枚かかっていた。

約5時間後に麻酔の切れたソーマが母親に寄り添って待合室に姿を現した。
手術前のウキウキした余韻は微塵も無い。




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頭にぐるぐる巻かれた包帯はタージマハールに住む子供のようだったが、ここは冗談をいうシーンではないので、そのことは口にしなかった。
まだ少しソーマの目がトロンとしている。
麻酔が完全に切れていないのだろう。
「痛い?」と聞いても「具合悪い、、、」と消え入りそうな声でこたえるだけだ。





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車に乗り込んだとたん、嘔吐した。
傷口の痛さよりも、麻酔の為の頭痛がひどいらしく、とうとう我慢できずに泣き出した。
普段は生意気ちゃんのシオナも言葉少なにソーマの顔を覗き込んでいる。




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「痛いだろうけど、しばらく辛抱するのよ」と母親にいわれたソーマは「家に帰ったらアイスキャンディー食べていい?」とお願いする。
普段そういうものを食べさせてもらえないだけに、こういうチャンスを彼は逃さない。
もちろんアイスキャンディーのお許しは出た。
特別な日には特別なお楽しみがあるのだ。
痛い思い一つもせずにアイスキャンディーにありつけることになったシオナは大喜び。







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家に帰ると約束のアイスキャンディーを食べ、しばしハッピーだったが麻酔と鎮痛剤が切れ、本格的な痛みが彼を襲った。








彼の母親と交代で介抱した。
離婚後もそういう時には僕と彼女は素晴らしいタッグチームを組める。



痛みに苦しむ我が子を目の前に何もしてあげられないことの苦しみを、この夜僕は初めて知った。
苦しむ我が子を見るのは本当に辛い。



彼の母親はとても強い女性だ。
その彼女がこの日、手術室で止めども無く泣いてしまったと、ソーマがやっと眠りについてから僕に打ち明けた。
ドクターがソーマの顔に麻酔のマスクを被せ、彼が崩れ落ちるように意識を失った姿を見たとき、突然涙が溢れてきたと彼女は静かに僕に言った。
想像しただけで、僕の目が潤んでしまった。
ダディは涙腺が弱いのだ。



ソーマの苦しみは数日間続くだろう、と僕と彼の母親は予想していたが、翌日にはもうケロリとしていた。

「で、麻酔で寝るのはどういう気分だった?」

「マスクを顔に被せられたところまでしか覚えてないよ、、、」

「今度また麻酔で寝ようか?」

「僕、、、もう、、、ぜったいイヤ、、、」








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by somashiona | 2007-09-25 20:34 | ソーマとシオナ

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