母の日に、母のこと



僕の母は昔から手先が器用だ。
字を書けば筆を使い綺麗な文字を書くし、画用紙に向かえばいい絵をちょちょいのちょい、と描いてしまう。
木彫りをさてもお見事で、大工仕事はもう大工さん顔負けだ。
もし彼女が今のような時代に結婚し、子供をもうけていたなら 、専業主婦ではなく、アーティストのようなモノを創る、その道のプロになっていたことと思う。
彼女は文句もいわず僕たち兄妹を育て、父がストレスなく仕事に打ち込めるよう最善を尽くした。



僕たちの父が死んだ後、母は狂ったようにモノづくりに励んだ。
本当に何かに取り憑かれたように作品をつくった。
モノをつくっているときは無心になれる。
悲しみも、苦しみも、忘れられる。
父の死後すぐに母は初めての個展を開いた。
作品はほぼ完売だったらしい。
個展の後、多くの人から注文が来るようになった。
新聞に取り上げられ、NHKにも出た。
夫を失った主婦は知らぬ間に、木を扱う木工アーティストになっていた。
「長い間写真でもがいている息子よりも先に世間からスポットライトが当たるだなんて不公平だ!」と一応母にクレームを付けたが、彼女が作品つくりを通して多くの人と出会い、励まされ、人生に新しい光を見いだしたことに僕も妹も心から安堵したというのが本音だ。



思えば母はいつも木に接していた。
これは僕のおじいちゃんである母の父の影響らしい。
おじいちゃんは母が小さいときから彼女を山の中に連れて行き、木々の名前を教え、その特徴と使い方を説いたそうだ。
そんな訳で、僕が幼い頃の母の記憶をたどれば、いつだってノコギリ、彫刻刀、ノミ、カンナなどで木を削っている姿が思い浮かぶ。
多くの人たちにとって母親のイメージは、朝、前掛けをした母が、まな板の長ネギをトントンと切るあの姿だろう。
でも僕のは作業服姿でナイフや電動ノコギリを使い木を切っている絵なのだ。



僕は大工仕事も木彫りもまったくダメだが、鉛筆はいつもナイフやカッターを使って削るようにしている。
子供の頃からだ。
そうしている時、なぜだか僕は必ず母親を想う。



ソーマが色鉛筆を鉛筆削りで削ろうとしていた。
彼にカッターを手渡し、削り方を教えると、無心になって何本も何本も彼は色鉛筆を削った。
ソーマの姿に幼い頃の自分を重ね、母の姿が浮かび上がった。
そして思う「よし、いいぞ、我らの遺伝子は間違いなく受け継がれている!」と。






f0137354_8454181.jpg







f0137354_8461898.jpg







f0137354_8465290.jpg













ranking bannerそうだ、母ちゃんに電話しよう!と思った人はポチッとプルルルゥ〜。







このブログへのご意見、ご感想がありましたらEメールにてtastas65*yahoo.co.jp
(*マークを@に変えてください)のアドレスにぜひお寄せください。
また、お仕事のご相談、依頼も大歓迎です!
ranking banner

by somashiona | 2008-05-11 09:05 | ソーマとシオナ

<< previous page << シャイな「ガイジン」さん | ああ、川の流れのように #2 >> next page >>